the simple

ワクワクすること、働き方や仕事について、僕が学生の時に知りたかったことを発信するブログです。

年収より暮らしを再定義することの方が大事な話

お金が仕事のモチベーションになっていることは間違い無くある。なんでこの仕事を選んだの?という問いに対して、年収が良いからと答えたとしても、そういう考え方あるよね、と一般的に受け入れられているくらいには浸透している考え方だ。世間では年収による企業ランキングもあるし、スポーツ選手なども年俸などでその評価がなされる。お金は多い方が良い、という前提は特に考えられることもなく存在している。


じゃあなんで、お金が必要かというと、裕福な暮らし(自分の欲しいものが買え、食べたいものが食べられる)ができるからという理由に尽きる気がする。現代においては、何かを欲しいと思ったのならば、お金を通して販売手と交渉するのが当たり前の行為である。そして、お金を持っていて、特に何も買うことなく、使わないということはまずありえない。お金を持ち続けるという行為だけには意味はないからだ。貯金が増えていくことにニヤニヤする、ということはよく聞くことだけど、ゴールなき貯金に意味があるのかとも思えてしまうが。


再度言うが、労働者がお金を求める理由は、お金を使うことで裕福な暮らしが実現するという前提があるからだ。また、お金なしでは不十分な暮らしになると認識しているとも言える。本当にお金なしでは裕福な暮らしはできないのか。僕は暮らしが再定義され始めているいまだからこそ、お金に対する考え方も変わっていくと思う。


例えば車を持ちたい若者が減っている。今の若者の間で、車がステータスになると思っている人は過去に比べるとかなり減っていると肌感覚的に感じる。昔は大学生になり車が買い与えられたということはよくあったみたいだが、今の時代車は使わないよね、維持費とかかかるし無駄なお金だよね、と見る人も随分と増えた。その結果、車の値段自体は変わってないにしろ、価値時代は再定義されたと言える。つまり、裕福な暮らしの一つがが再定義されているのだ。


価値への感覚を最新の状態にアップデートすることはとても大事だと思う。人間はどうしても外部の情報や広告に左右される。本当に必要ないものでも、広告によって必要であるかのような錯覚に陥り、お金を支払うことはよくある。そのものの価値自体はそこまで評価してないけど、なぜか買ってしまった、ということは買ってから後悔する。僕の中では、自分の中でも裕福な暮らしが定義されていれば、そこまで年収にこだわらなくても、裕福な暮らしが送れるのではないのかなあとか思ったりする。