the simple

ワクワクすること、働き方や仕事について、僕が学生の時に知りたかったことを発信するブログです。

金曜日が好きだっていう自分が好きになれない

華金

華金、という言葉がある。社会人になって、大学や会社の同期たちのインスタストーリーを見ていると、これでもかっていうくらい”華金”という言葉を使って、投稿している姿を見る。学生から社会人になって、大きく変わったことは、曜日への意識だ。毎日、土日のような生活をする学生から、土日を心待ちにする社会人へと変わる。だからこそ、金曜日は価値あるものになるし、楽しくなる気持ちもわかる。わかるんだけど、わかりたくない気持ちがある。

 

華金の構成要素
この華金への喜びは、二つの構成要素がある。①平日の仕事からの開放感 ②金曜日にハメを外せる開放感 

①は平日の仕事が相当きつく(もしくはつまらなく)、やっと仕事をするという行為から解放されるという開放感だ。②は翌日のことを心配しなくても良いから、金曜日の夜という日は長時間ハメを外して楽しめるという開放感だ。もちろん両者が絡み合って、”華金”を構成しているのだが、僕は①の気持ちを持つことをなるべくわかりたくない、と思っている。

 

隠されたマインド
もちろんその気持ちに対し、否定もしないし、自分自身その気持ちもある。だけど、先ほど述べたその違和感とは、金曜日=開放感 → 翌日仕事がある平日(&日曜)=憂鬱感 → 仕事=憂鬱なもの、というマインドが気づかぬうちに染み付いてしまっているところからくるのだと思う。仕事って、もっとワクワクしているものと想定していたし、人生のうちの大部分を占めるものなんだから、充実させたいと思っている、きっと誰もがそう思っていたいはずだ。それなのに、なんでみんな仕事から解放される金曜日が幸せになっているんだろう。仕事ってそんなに閉塞感のあるものなのか。

 

仕事はやっぱりだるいものなのか
結論から言うと、やはり、仕事はどうしてもだるいものなんだ、と多くの人(サラリーマン)は思っているんだろう。みんながみんな、自分の好きな人たちと常に働くわけではないし、自分の心底やりたいと思えることをやっているわけではない。結果として報酬をもらえていて、自分なりの納得感もある程度はあって、得たいなあと思っていることの数割かを得られているから、こうしてサラリーマンとして働けている。そして、働く以上は、どこかの側面で必ず”だるい”ものはつきまとっている、ということが前提としてみんなの気持ちに内在されている。だからこそ、”華金”という言葉がここまで広がっているのだ。

 

働くことを楽しみにする
極論かもしれないが、もっと働くことを楽しみにしたい。仕事がだるいものであっても、やっていて楽しいよと言いたい。週末を楽しみにしつつも、月曜日を心待ちにするような、そんな社会人になりたい。金曜日が来て仕事ができなくなることを惜しみ、涙を流して映画を見るような社会人だ。今はとても金曜日が楽しいし、日曜の夜は少しだけど気が重くなる。このまま、社会に溢れるサラリーマンの一味になることはないようにしていく。