the simple

ワクワクすること、働き方や仕事について、僕が学生の時に知りたかったことを発信するブログです。

継続は力になる未来がわからないから僕たちは躓く

「継続は力なり」

スポーツ、勉強、仕事においてあまりにも使い古されて、もはや発することが恥ずかしいくらいの「継続は力なり」という言葉。その効用があるかどうか信じるのは人それぞれだが、概ね90%くらいの人間なら、何事も続けることは、それを習得上達させるためには必要だよねという考えを持っているのではないかと思う。生まれながらの作家やスポーツ選手、芸術家は少ない。自分がそうでは無いため、その人たちの人生を垣間見る事は、本や映画やテレビでしかできない。だけど、全く練習しないでこの境地まで来ました、週1くらいのペースでで適当にやっていたらプロになりました、なんてケースはほとんど見ることができない。当たり前のことですけど。


「格言の実戦は難しい」

その事実に概ね90%の人は頭の中では理解していると思う。ではなぜ、そんな当たり前のことが、諺という形になってあらわれるのか。それは、それが難しいとされているからだ。格言たる言葉は、当たり前ではいけないのだ。厳密にいうと、響きは当たり前で良いのだが、実践すると難しいよね、というのが格言だ。「人民の人民による人民のための政治」は当たり前の響きだが、当時の時代背景を鑑みると実践することが難しかったように。


「情報がもたらしたもの」

話を本題に戻すと、「継続は力なり」ということの難しさだ。この難しさはどこから来るか。個人的に、見えない結果に向けて盲目的に努力することへのハードルが、以前にも増して高くなっていると僕は感じる。それは一重に情報の洪水がもたらしたものだ、となんとなくわかったように論じたい。たとえば、この勉強をすればきっと試験に合格する、ということへの努力は難しくない。確立されたメソッドで、練習を繰り返し、本番を落ち着いて迎えられれば合格する、ということがある程度は確信できているからだ。そしてその確信はどこから来るかというと、オンラインオフラインを問わない情報からだ、と僕は思う。

 

「ベストなやり方で最速の結果を求める人たち」

このメソッドがあっているかわからないけど、とりあえず結果は出なくても試しに継続してみようか、という考え方は現代において非常に持ちづらくなっている。なぜなら、調べれば大体の事は答えがあるし、それがまるで一般解のように溢れている。たとえ個人に即すべきものでも、王道のやり方は情報として転がっている。それに載っていることでなかったら、ベストなやり方ではない(と思い込んでしまう)ため、ベストなやり方が見つかるまで行動に移せない。世の中には、結果を簡単に求めるハウツー本が溢れている。ここから見える事は、人は最初からベストなやり方でベストな結果を最速で出したいと思うのだ。

 

「やり方を変える」は後の手段

継続は力なり、それはわかるんだけどいつ結果が出るの?という人や、これって最短距離の努力じゃないよね?と感じてしまう人に盲目的な努力はできない。もちろん、「効率的に」という考えは必要なんだけど、世の中全部が効率で語れるほどわかりやすいものではない。そして、そういう人はわかりやすいリアクションがないとモチベーションにならない。手元に確かな情報をおいて、セーフティネットを張りまくる人には、そりゃあ結果を求めない努力は難しい。速く成功したいし、結果が出なかったらそのメソッドに疑問をもって、まずはやり方を変えることから取り組むからだ。大事な事はそうじゃない。まずは何かに取り組む。そして、継続して努力する。そこで結果が出るのはすぐじゃないかもしれないが諦めない。それでも結果が出ないから、やり方を変えるというのがいいんじゃないか。


「ゆっくり急げ」

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスは、「ゆっくり急げ」という言葉を好んだ。急がば回れとも関連する格言ではあるが、この言葉こそが現代人が何かに打ち込むときに大事にすべき言葉だと思う。継続は力になる。その結果はどうなるかわからないけれど、遠回りはないということだ。これは本当にいろんな物事に当てはまる。ツイッター運営もブログ更新も英語の勉強も筋トレもランニングも何でもかんでも、最短距離はない。コツコツ毎日続けた先に、自分が理想としているものが見えて来るのではないかなと思ったり。