the simple

思考を整理をするブログです。

ジャンクな暮らしに未来はない

ミニマリストが一部の界隈で盛んだ。かくいう自分もミニマリストと自称したいが、Twitterなどにいる過度なまでにモノを減らすことを得意とする人たちとは一線を画している。僕自身は一般の人よりも60%ほどのモノの所有率で、幸せを追求することをしている。もちろん何かを買うことで喜びを感じる事もできるし、モノを減らすことでも幸せになれるハイブリッド型の人間と自負している。ミニマリストが一部の界隈で盛んだ。かくいう自分もミニマリストと自称したいが、Twitterなどにいる過度なまでにモノを減らすことを得意とする人たちとは一線を画している。僕自身は一般の人よりも60%ほどのモノの所有率で、幸せを追求することをしている。もちろん何かを買うことで喜びを感じる事もできるし、モノを減らすことでも幸せになれるハイブリッド型の人間と自負している。


それでもなお思うのは、将来的にはもっとミニマリストが日の目を浴びる日がくると思う。もちろんいまでも十分にその考え方は浸透しており、実践している人も多い。しかし、手段と目的を履き違えて理解して、「ミニマリスト、ああいろんなものを断捨離する人ね」という誤ったイメージが先行しているパターンも多いと思う。実際にTwitterを離れて現実世界に居ると、まだ浸透していないと感じる。現実には、それが広告費だとわかっていてもブランド品は気になるし、ショッピングでストレスが発散されるという文化も根強く残っている。もちろん個人の趣向なんだから好きにしてくださいとしかいえないのだが、この流れは緩やかに止まっていくと思う。

結論として、僕が一つ伝えたいことは、「ジャンクな暮らしに未来はない」ということだ。

20-21世紀は非常にジャンクな時代だったと未来から振り返られると思う。人はモノをたくさん作り、たくさん消費し、多くのブランド品が生まれ、廃棄していった。小売店が巨大化し、利便性も増し、購入へのハードルが下がったため、人はモノを手に入れることの喜びを知った。ファストフードをはじめとした体の栄養よりも、スピード感や、短絡的な世界は求めた。僕はこの時代を享受してきたし、はじめっから、「こんな時代クールじゃないよね」なんて言えるほど自分の価値観が定まっていたわけではなかった。みんなそれを楽しんでいたから自分も流れるように当たり前としていた。


なんとなく僕がイメージするジャンクという言葉が想像出来たかもしれない。現代チックに言うと、「モノ消費からコト消費」にうつっているのだ。ミニマリストの人の考えに共通するものを感じる。まず人はモノを買うことで満足感はもう得られなくなっていると思う。あるモノを買っても、それよりももっと良いとされるモノはある。この購入スパイラルはハマると死ぬまで永遠に続くとも思っている。だからこそ、どこかでその線引きをする必要がある。その結果、どうなるかと言うと、その線引きを超える購買をするか、その線引きを大きく下回る価値観になるかだ。10万円でカバンを買ったのならば、もっとそれ以上のものを欲しくなるかもしれない。個人的にいうとそれがジャンクだ。早めにその購入が継続的な幸せを提供してくれないことに気づいて、自分の価値観を別に定めた方が良い。10万くらいのカバンがほしかったけど、別に2万のものでいいいかという考えがあれば、その8万で海外旅行にすら行ける。


つまり、「本質」ということを考えることに意義がある。そのカバン10万円の価値がある?ハンバーガーって体にとって大丈夫?睡眠を削ってまで働く?ストレス軽減のためのタバコってストレスじゃない?など、世の中にはよくわからんまま当たり前になっている文化がある。僕はそれをジャンクかそうじゃないかで見極めていきたい。そこでジャンクと考えるものに未来はないと個人的には思う。


そういう点から見ると、お金の使い所にはこだわっていきたい。つまり、こだわるとそれがジャンクじゃなくなる。こだわると、思考停止じゃなくなる。こだわると自分の価値観が見えてきて幸せになる。最後はなんだか宗教っぽくなって恐縮だが、ミニマリストの考えを少しづつ取り入れてみてはいかがでしょうか。