the simple

ワクワクすること、働き方や仕事について、僕が学生の時に知りたかったことを発信するブログです。

自分の中の時間割を作る

サラリーマンは平日は同じスケジュールの繰り返しだ。もちろん毎日やる仕事は若干違うが、出社時間、場所、退社時間に大きな違いはない。社内で顔をあわせる人も同じだし、ご飯を食べにいく人も微々たる違いしかない。同じスケジュールを繰り返していると、それに慣れる。学校の授業と同じで、そのもの自体は退屈でも、体が慣れ、こなせるようになる。究極的に言うと、受験勉強なども同じだと思う。体力的にしんどいかもしれないが、その拘束時間に慣れ、長時間の勉強に違和感を感じなくなる。 

つまるところ、たとえそれがどんなに退屈でも、ある程度の強制力をもってすればそれに慣れることができるのが、人間の基本的なスキルなんだと思う。もちろん選択が自由にできる現代においては、飽きたら変えるという事も変わったオプションではなくなっている。それでもなお、毎日やることはあるし、それが楽しい事だとは限らない。

僕自身はその人間の習慣の力は強みと弱みがあると感じている。強みは、先ほども書いたが、どんなにつまらないことでも、続ければそれが習慣になる。自分としては無意識のうちに体に良いことを習慣化する事もできる、という点において強みだと感じる。何かの本で、人間がある物事を習慣化するにはX日かかるというようなことを読んだ事がある。日数自体でそれが習慣化するとは思えないが、淡々と行えばそれが習慣になる。それはきっとあらゆることを継続させるために必要だ。

逆に弱みとしては、習慣化すると”楽しさ”が少なくなる。歯磨きを全力で楽しんでやっている人を見ない。わりと、やらないと気持ち悪いからという感覚でみんなしている。習慣について、その魅力を説く本でもその多くが、「やらないと気持ち悪い」という状態までもって行こうというような文を載せている。つまり、その行為自体に、喜びを見いだせる機会が限りなく少なくなるのではと思う。

逆説的にはじめは楽しくないor目的意識がないと、それが習慣化しないとも思う。まず第一に楽しくないと、継続できない。そして、楽しんでいないと結果が出ない。これはもう太古の昔から続く人間の心理なんだと思う。しかし、習慣化していくにつれて、その楽しさが減っていくのは避けられない。

それでもなお、僕は物事に自分の時間割を設ける事が大事だと思う。

月曜日は英語の勉強をして、

火曜日は家で映画を見て、

水曜日は筋トレをして、

木曜日はブログを書いて、

金曜日は習い事にいく。

なんでも良いが、自分の時間を決めておくと、行動指針が決まる。水曜日に飲みに誘われても、ごめん今日筋トレしなきゃいけないから、と言って断れば良い。自分で決めた事なんだから、自分の意志を曲げないほうが良いと、個人的には思う。

このように習慣化すると、はじめは少しハードルの高かった行為が、自分の中で日常的になる。日常的に自分にとって良いことをし続ける人と、人に流される人では、幸福度が違うのではないかと思う。きっと幸福度の高い国は、ある程度の自分の意志をみんなもっているのではないか。

きっちりとした時間割を組んで、それを満喫する。サラリーマンとして、自分の時間を捻出するためにも、自分の意志をしっかりもって、自分の時間を生きていこうな。